神様は私たちから目を逸らさない。肌を焼く熱い日差しの中も、針のように突き刺す寒さの中も、立つことすら危うい風の中も、ずっとどこかで私たちを覗いている。

「そう、思ってたんですけど……ふ、ふふ」

「悲壮感漂いすぎじゃない? 怖いんだけど」

なかなか成績が上がらなかった高校受験直前、塾の帰りに立ち寄ったCDショップで彼女たちに出会った。キラキラした白い衣装を身に纏ったふたりの女の子が載ったポスターに、店内放送から聴こえてくるポップでキャッチーなメロディー。蕩けるような甘く優しい微笑みと、真っ直ぐに伸びる清らかな歌声に身体が沸き立つ心地がした。弾かれるようにCDを手に取って、レジへと向かった。私のお守りはこれだ! そう思った。それが私と、マリアリリーというアイドルの出会いだった。

「まさか、ファンクラブ会員ですらチケット取れないなんて……」

こんなに広い会場初めて! とぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいたふたりをよく覚えている。嬉しさを全身で表現している姿に、一ファンの私まで胸が熱くなった。六年間ファンをしてきて、ファンが増えていく過程も見てきた。ふたりの愛が、情熱が、いろんな人に伝わっていく様子を寂しく思いながらも、やっぱり誇らしかった。

「まあ、今までも行ってるんだしいいじゃん」

「違うの! 今回の会場は、特別なの!」

ふたりが何度も憧れだと話していた会場でのライブ。絶対にこの目に焼き付けたい! その一心で今日まで善行を積んできた。バイトだって打診されたらシフトに入ったし、教授の雑用だって進んで引き受けた。いつもはサボりがちな予習復習もしっかりと取り組んだし、締切が一か月先の課題ですら既に提出を終えている。どこかで見ている神様が、私に味方してくれるようにと思っていたのに、現実はなんと非情なことか。

「ふたりに、会いたかったのに、うう」

情けなく声を震わせる私に、優しさなのか野次馬精神なのかで家まで駆け付けてくれた友人は呆れたような溜息を漏らす。

「そんなに会いたいなら、どっかで買えば? ……ほら、値段高いけど、売ってるよ」

差し出されたスマートフォンには、マリアリリーの名前と、ライブのタイトル、それからゼロの数がひとつ増えた値段が表示されていた。

「え……六万!?」

「これは一般会員だからっぽいね。ファンクラブ会員だと……十万だって」

「た、高……!」

「これが人気ってことなのかな。そりゃあ、今言ってたみたいに特別なライブなら尚更だよね」

すいすいとスクロールされる画面を食い入るように眺める。どれも六万、八万、たまに十二万とか、何十倍もの値段になったものばかりだった。これを買えば、ふたりに、ふたりが憧れのステージに立つ瞬間に、立ち会えるのだ。そう思うと、気管の辺りがふわふわざわざわ不思議な感覚に包まれた。ふたりにお金をかけることに抵抗はなかった。地方公演を見るために遠征したり、複数公演見たりしていたから。それと同じだと考えれば、決して出せない金額じゃない。ふたりに会うために、あの輝かしいステージに立ったふたりを、この目に焼き付けるために。きゅっ、と驚いた衝撃で緩んだ口元を引き締めて、友人の目を真っ直ぐ見つめる。

「いや、買わない」

「……え? いいの? あんなに会いたい! って咽び泣いてたのに」

覚悟を決めた表情をしていたであろう私に、友人は詰め寄る。きっと、高額のチケットを買うと思っていたのだろう。私がふたりにお金と時間を惜しまないことを知っているから。私は、友人がそんな私を救うためにこれを見せてくれたことを知っている。それでも、このチケットを買うという決断には至らなかった。

「チケット転売って、違法じゃん? めちゃくちゃ会いたいし悔しいけど……私は、ふたりに誇れるファンでいたい」

いつだって私の味方でいてくれたふたり。きらきら輝いていて、いつだって綺麗。私なんてたかが一ファンだけど、それでも、ふたりが自慢できるファンでありたい。受験期に勉強を頑張ろうと思えたのも、その思いがあったからだった。真っ直ぐに突き進むふたりを、真っ直ぐな気持ちで応援したい。だから、私はチケットを買わない。

「……そう。なんか、そっちの方があんたらしいね」

「でしょ?」

脱力したように笑う友人に、私もようやく口角が上がった。悔しいし、悲しいけど、仕方ない。きっとふたりにはまた会える。それも、もっと大きな会場で。だって私がこんなに好きなふたりなのだから。

それから数日後、まだ立ち直れてはいない。落選、の文字を見ては落ち込む日々が続いているが、友人が外に連れ出してくれるおかげで少しずついつもの私を取り戻してきた。

大学の講義後、カフェで話をしていると低い音でスマートフォンがヴ、と震えた。友人の方をちらりと確認すると、見てもいいよと言ってくれたのでありがたく通知の理由を探った。

「……えっ、え、ちょっと。え? 待って待って」

通知の正体はメールだった。ただ、内容がいまいちよく分からない。いや、分かってはいるんだけど、衝撃的すぎて私の脳みそじゃ処理し切れなかった。

「何言ってんの?」

「ちょちょ、ちょ、これ、これ見て! 分かんない私、これどういう意味!?」

わたわたとスマートフォンの画面を友人に見せつける。三人には満たない頭だけど、きっとこの程度ならふたりで、いやひとりでも十分なはずなのだ。

「……復活、当選?」

「え? 待って。当選? 当選って、待ってどういうこと!?」

荒ぶっていく声に耳もかさず、友人は自分のスマートフォンを取り出してすいすいと操作する。こんなにテンションのおかしい友人が目の前にいても尚、自分のペースを崩さない友人を単純に尊敬する。

「……あ、なんかチケットキャンセル出た分が回ってきてるっぽい。ネットでも騒がれてるよ。やったじゃん」

「えっ、あ、え、会えるの!?」

「うん。おめでとう」

あんたの思い、報われたじゃん。そう笑った友人に、身体が沸き立つような、誇らしいような。そんな心地がした。

神様は、私たちから目を逸らさない。