「やば、今月収入ゼロじゃん……」

大学3 年生のユキは旅館でバイトをしている。しかし新型コロナウィルス感染拡大に伴い、旅館がしばらく休業になった。最低限の生活は親からの仕送りでなんとかなるが、遊びのために使うお金が全く無い。サークルも活動禁止となり何もすることがない中、お菓子を大量買いして友達と家で駄弁ること、ネット通販で服をポチることが、ユキにとって唯一のストレス発散方法だった。それをするお金がなくなるということは、彼女にとって苦痛でしかなかった。とにかく今はお金が欲しくて仕方がなかった。

「そういえば、タエが簡単に稼げる仕事があるって言っとったな……ちょっと聞いてみよ」

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新入生のナナは、つい最近ユキのいるダンスサークルに入った。先日行われた新入生オンライン歓迎会で入部を即決した。先輩方はみんないい人だったが、特にユキとタエは面白く、優しく接してくれた。活動禁止が解除されれば楽しく活動できるだろうと考えていた。すると、ユキからメッセージが届いた。

「やっほー!今日うちに来ん?」

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ユキの家に入ると、家の中には既に3人の女性がいた。見覚えはないが、ユキの友人・後輩だろうと思っていた。ナナが席についたら、ユキは話を始めた。そこでユキが高級ブランドの洋服を着ているのを一人の女性が褒め、会話は弾んでいった。やっぱりユキ先輩の話は面白い。そうナナは思っていた。

最初はただの世間話だったが、次第に「ある仕事」の話に変わっていった。それは簡単に稼げる仕事らしく、同じサークルのタエもやっているという話だった。

「これね、ほんとすごいんよ!一回在庫を買うのに5 万支払わなきゃいけないんだけど、それを誰かに売れば売上の30%が自分に入ってくるんよ。しかも誰かに紹介したら紹介者一人につき3 万もらえるよ。私もこの前始めたけど、やっとったバイトより稼げとる(笑)みんなもバイトできんくなって困っとるでしょ?こっちのほうが絶対楽だし稼げるよ!ここでもう契約せん?」

ナナは終始固まっていた。

「(そんなうまい話ある?これって確かマルチ商法よね?先輩の言うことだから信じたいけど、あきらかに怪しい。それにまだバイトも始めてないから収入減って困ってる、なんてこともないし……ここはやんわりと断っとこう)」

と考えていた。しかし他の人たちはもう目がギラギラしていた。今すぐにでも契約してやる、という覇気を強く感じた。ナナは怯えていた。メンタルがジリジリとすり減っているのを自分自身で感じていた。

そこでユキはこう放った。

「ねえ、ナナちゃんはやらないの?」

彼女の言葉はナナのメンタルに20 のダメージを与えた。みんながナナのことをみる。視線が冷たく感じた。

この誘いは明らかにおかしい。でもここで断ったらユキ先輩を傷つけることになるんじゃないか。せっかく誘ってくれたのに。先輩に嫌われたくないし……。そういう思いを頭の中でぐるぐると繰り返していた。

いやいや、ここは腹をくくってちゃんと断ろう。だって明らかにおかしいもん。そう考えた。

「……すみません。私バイトもやったことがなくて……それに5 万円なんてすぐ出せる額じゃないから、やめときます。ほんとすみません……」

て、全然はっきり断れてないじゃないかい、と言ったあとにツッコミを心の中でした。するとユキは、

「そっかー残念。じゃあ気が向いたらまた教えてね。いつでも歓迎だから!」

ほら言わんこっちゃない。そう思ったが、ナナはユキの返答にホッとした。

***

あれから、ユキにこの前のことを聞かれることはなかった。あのまま空気に流されて契約していたら、私の人生はどん底だったかもしれない。そう考えると、正直に断ることって大事だな、とナナは思った。ユキ先輩や他の3人のことは心配だが、とりあえず自分の身は守れたということで、めでたしめでたし……

……ではなかった。

突然、スマホに着信が来た。同じ学部の同級生ミカからだった。ナナは電話に出ると、ミカはこう尋ねた。

「ねえ、ナナの部活でマルチ商法が流行っとるって本当?」

驚いて目が飛び出そうだった。ミカ曰く、大学内でマルチ取引でのクーリング・オフ件数が増加しており、被害にあった学生の証言からその経緯をたどると、ほとんどがうちのサークルのメンバーにたどり着いたという。その噂が広がり、学生の間ではうちのサークルは「マルチ取引サークル」と呼ばれているらしい(本当はダンスサークルなんだけど……)。

ナナはしばらくショックで呆然としていた。サークル内でマルチ商法が広まっていることすら知らなかった。このまま悪い噂が広がれば、学園祭や地域イベントでの出演も断られるのではないか?楽しみにしていたサークルでの青春が、段々と崩れていく。

うちらのサークルこれからどうなるんじゃろ……。サークル変えよっかな……。ナナはそう思っていた。

読んでくださりありがとうございます。

この小説は、つい最近母親が体験したことをもとにして制作しました。「楽にお金が稼げる」、このような都合の良い話はありません。多分ほとんどの人がわかっており、ユキがした説明を笑いながら読んでいた人もいると思います。

しかし、突然の収入の低下や不景気など混乱に直面すると、多くの人が適切な判断ができなくなります。今回のコロナショックもその例でしょう。この状況を今すぐ脱出しようと、目先の利益を優先してしまいます。これで、ときには悪い事を犯してしまうこともあります。

「悪質商法に騙されるわけがない」。そう思っていても、騙されてしまう人はたくさんいます。

これは身近に起こり得るものです。思わぬ事件に巻き込まれないためにも、消費者トラブルに関する見識を深めていきましょう。

これ、悪質商法じゃない?と思ったり、断れずに契約しちゃった……という方は、消費者ホットライン 188 に電話しましょう。