「はぁ…………恋がしたい」

そう呟くのは一人の男子高校生だ。

学力は普通で容姿の良し悪しも他人からは「普通」と称され、運動神経も平均並みであり、それこそ普通と呼ぶに相応しい。

「でも、彼女は皆と同じようにはいかない……辛い……泣きそう……」

「おいおい、司。彼女がいなくとも俺がいるだろっ?」

「馬鹿野郎。男よりも女だ」

名前は神原 司。彼を慰める少年は原口 啓一。

二人して入学当初から「一緒に彼女いない歴=年齢を貫こうね」と誓い合った仲だが……周りの男子たちを見ているとどうも彼女の魅力なるものに憧れを抱いてしまう。

「勘弁してくれよ~……約束したじゃないか! 俺とお前で!」

「…………お前、周りを見ても同じことが言えるか? ほれ見ろよ」

誓いを破ろうとしている友人のその裏切りに嘆く啓一だが、司は反論するようにして顎でクイッ、と周りを示した。

司の言う通り、周りには一緒にお菓子を頬張る男女と周りの目があるのにも関わらずイチャイチャとしているカップルばかり…………こちらとしてもそれが羨ましく思えてくるのだ。今、本心をそのまま言葉にしてしまうと

「俺も彼女が欲しい」

「………………」

啓一は何も言い返さなかった。

「…………ま、気をつけろよ司。経験豊富な奴からはよく聞くぜ?」

「何が?」

「女って奴は…………よく騙してくる、ってよ!」

そんなことはないだろ。司はそう言って信じなかった。

学校も終わり、家の近くにあるパン屋での数時間のバイトが終わってから着替えていた時の事だった。

年齢は年上だが、このバイトでの労働期間では後輩にあたる川口 劉さん。彼の様子が

今日は特におかしかったので、彼に近づいて見てみるとどうやら携帯を見ながらニヤニヤとしており、状況に耐え兼ね聞いてみる。

「どうしたんですか? ……あ! 川口さん、バイト先でそういうものを見るのは……」

「いや違うって! これはLYNEでこのアカウントを友達登録するとすぐに相性のいい彼女ができてウハウハっていう奴で…………」

「そうでしたか……それは失礼しまし……ってバイト先でしょうが!!」

川口さんにツッコんではいたものの、司の頭にはその内容がいやに残ってしまっていた。

帰宅したのち、LYNEを開いてそのアカウントの名前を検索してみると、確かにプロフィールの写真に「これだけカップルが成立しました」という文字と、数々のカップルの写真が表示されており、自分の心には魅力的に感じてしまう。

高校生がマッチングサイトやらを利用するのは良くないとは知っているが……まさに「背に腹は代えられない」という状態……そして、欲に負けて友達登録を押してしまった。

数週間が経過した。

例のアカウントを友達登録してから、喜ばしいことに彼女が出来た。

写真を見せてもらったが、自分好みの女性だった。電話も何度かしており、声も綺麗だったのをよく覚えている。なんと気も合うという自分にぴったりの女性だったのだ。

そして――今日はその彼女とデートをする予定。

そういうこともあり、服装はおしゃれしており髪型もばっちり。鼻息を荒くしながらも映画館の近くで待ち合わせをしていれば、その彼女が向こう側にいてこちらに歩いてくるのが見えた。

こちらに気づいてもらえるように大きく手を振って、こっちだと知らせればミディアムショートの彼女が走ってくる。

(嗚呼……健気だ…………)

走る姿でさえも美しい。

恋は盲目だと言うが――その盲目がトラブルを生むとは思いもよらなかった。

「遅れてごめんなさい。待ちました?」

「えっ……あ、いや!? 全然待ってないよ。今来たとこだし……」

「ふふっ……嘘が下手ですね。お詫びに奢ってあげます」

「いやいいよ。ここは格好付けさせてほしいな」

「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」

その日のデートは最高だった。

恋愛ドラマでの口付けのシーンでは気まずかったけれど……レストランでパフェを食べさせあったり、近くのタピオカミルクティーのお店をはしごしてみたりと、彼女が居ることの素晴らしさを目一杯に感じられた日だ。

だけども、そんな日もこの日が最後だったなんて、思いもよらなかった。

デートの日――もうそろそろで日が落ちる時間帯。

もう家から遠くまで来てしまったし帰るべきかなと思い、そう提案しようとした時だった。

「ねぇ? 私、実は欲しいものがあって」

「欲しいもの……?」

「そう。でもちょっと割高だから中々買えなくて…………あそこのお店なんだけど」

高級ジュエリーショップであろう看板のお店。

お金は銀行の口座から下ろせばあるが、もう奢るのは勘弁……しかし、たまに彼女が見せる小悪魔のような笑みには勝てない。

「見ていくだけでも……いいかな?」

「うん。いいよ」

欲に負けて、手を引かれるままにそのお店に入った。

いらっしゃいませ、という店員の声にどうも、と返し、置いてあるショーケースには数十万もの値段が書かれた値札。こんなちっぽけな石ころが六十五万!? という疑問が顔にでも書いてあったのか彼女はクスクスと笑ってくる。

「それで……君が欲しいのはどれなの?」

「そこの、エメラルド」

「緑好きだもんね」

うん! と元気良く頷く彼女の笑顔はとても素敵だった。

そして彼女が指し示したエメラルドのネックレスのお値段は何と三十万。

「たっかいなぁ…………二十万だったらワンチャンあるけど……」

その発言が仇となった。

「お困りですか? もしくは手が届かなくて悩んでおられるとか……」

「うわっ!?」

「おっと、いきなりすみません。私この店の店長をやっております」

「あぁ……そうでしたか」

「それで、彼女さんですかな?」

「――! そうですそうです」

「そうでしたか……どうです? 彼女さんにプレゼントとか」

店長の提案。

その意見には大いに賛成といったところだが、将来の為にと貯金は残しておきたいし二十万以上は使えない。うんうんと悩んでいれば畳みかけるようにして店長が甘い言葉を掛けてきた。

「じゃあそうですねぇ……カップルという事で、二つ買えば合計で二十万という条件でもよろしいですよ?」

「えぇっ!? 本当ですか!? 買いましょう? お願い、お金なら後々返すからっ」

どうも――話が良すぎる。

こういう場合は疑うべきだと理解はしているものの、ちゃんとしたお店みたいだしお客を騙すなんてことはしないだろう。と司は疑わなかった。

それに…………もう帰らなければ、とも思っていたから。

「わかりました。買います」

この時、司は後ろでニヤリと嗤う彼女と店長の表情に気が付かなかった。

契約なんてするんじゃなかった。と数年前の「その頃」を思い出す。

あの後、包装して自宅に送ると言われたのに、自宅に届くことはなかったし、オマケに彼女とは連絡も取れなくなっており騙されたと気付いてからは自分自身が情けなくてどうしようもなかった。

バイト先の川口さんも被害に遭ったみたいで今となっては長い付き合いだ。

親友である啓一と同じく、今は運命の人といっても過言ではない素敵な女性とも巡り合えている。

「あ……」

見覚えのある女性が目の前にいた。

相変わらずの美人。また人を騙しているのだろうか? 更生しているとすれば嬉しいが今となっては彼女に対して恋情は抱いていない。

「どうしたの? パパ」

「おう、あかり。学校は終わったのか?」

「うん。それで……あの女の人がどうかしたの? うわき?」

「違うぞっ?! パパはママ一筋だ! ただ…………昔の嫌なことを思い出しただけさ」

「?」

「恋は盲目……ってね。あかりは経験の少ないうちは好きな人でも簡単に信じちゃいけないぞ」

そう言った帰り道。地平線に沈む夕日は今日も紅く綺麗に輝いていた。